コクーンカット集
あだち 幸 著「ほとけへの憧憬」(日貿出版社)に掲載
『杏つ子」「兄妹」などの小説で知られる室生犀星(1889~1962)は名もなき人や動植物の小さき命を慈しみ深く見つめ続けた詩人でもありました。ここで紹介する「春から夏に感じること」もそういう一篇ですす。
自分は子供の時代からよく小さな生きものを救うた
水に落ちたものや生命を害されようとした小鳥などを救うた
そんなとき自分は「春になったらお礼に来い たくさんお礼をもって来い」
と言って放してやった
自分はそんなときに大概美しい気がしていた
どんな最微な生きものにも深い運命をになった使命があるにちがいない
何かしら天上のものと通じたものを持つ生きものにはきっとその魂に
刻まれた愛をかへしに来る時があるにちがひない
自分はいつも然う思ひながら這うものを踏むまいとしてきたない道を歩いた
私はいまでもその心を失せきらないでいる
目で生きているものを害してはならないと信ずる
小さな生きもの一つを救うた日はきっとよいことがあると信ずる
自分の対世間的な激怒の折々にこんな小さなことにも気がやさしくなる
私が救うた生きものがみな今やってきて自分に酬いてくれるにちがひない
そのために今自分は幸福であるのにちがひない
このやうに心が平和であるのにちがひない